言語分野(国語)の概要と解説

能力検査(国語)では言語や語彙についての主に国語の問題が出題されます。

出題傾向については以下のように分類できます。

 

①二語の関係

②語句の意味

③語句の用法

④文の並び替え

⑤空間補充

⑥長文読解

 

試験範囲が広くて難解そうに感じるでしょうが、中学・高校レベルの問題なので対策すればそこまで難しいと感じません。

基本的には選択方式の問題です。

一部では長文読解の問題も出てくるので、事前に問題集を買って問題の傾向・回答法に慣れましょう。

 

国語の問題で高得点を得るには、語彙力を増やすことがすすめられます。

そして語句の意味を正確に理解しましょう。

語句の意味を曖昧に認識していると、不正解が増えてしまう恐れがあります。

曖昧な語彙は日頃から調べる習慣をつけてくださいね。

 

SPIの国語の語彙問題はどんな問題傾向?

実際に国語の語彙問題がどのようなものか、傾向を探っていきましょう。

 

①二語の関係

「二語の関係」の問題では、二つの単語の関係性を考えて、同じ関係を持つものを選ぶ必要があります。

語句の関係性には法則があり、それを理解していれば解けるでしょう。

例えば「含む/含まれる」ではAはBを含む・BはAを含むという関係があります。

他にも、「対立する意味の語句」「役目の関係」「原材料の関係」「同意語・同じ意味を持つ関係」「仲間の関係」「一組の関係」「目的語と動詞」などの関係があります。

出題単語で文章を作り、関係性を想像すると解きやすいでしょう。

②語句の意味

語句の意味では、文章中で出てくる同じ意味を持つ単語や熟語を選びます。

一つの単語に複数の意味があるため、別の言葉で言い換えたり、文章の前後を確認したりして判断しましょう。

対策としては、問題文に頻出する単語や熟語の意味を正確に理解することです。

 

③語句の用法

語句の用法では、単語や熟語が文章中でどのように使われているかを答えます。

問題文全体の意味を把握し、その文脈での語句の用法を理解しなければなりません。

語句の意味を覚えておくのはもちろんですが、周辺の言葉や文脈にも注目し、意味を具体的に捉えましょう。

 

④文章整序

文章整序の問題では、バラバラになった語句を正しい順番に並べ替えていきます。

一つの文章ごとに意味を捉えましょう。

語句の順番を定める時は、接語語の使われ方にも注目してください。

 

⑤空欄補充

SPI試験の空間補充問題は、文章の意味を把握して、空欄に適切な語句を入れる問題が出題されます。

問題文をよく読んで、語句の意味を理解することで、正解に近づくことができます。

基本的に、文章の意味を把握し、語句の意味を理解することで突破することが可能になります。

問題によっては、空欄が1つではなく複数が空欄となっている問題もあるため、事前に問題集を解き慣れておきましょう。

回答のポイントとして、文章内のヒントなる言葉や表現を読み取り、適切に文章の流れを読み取ることが重要です。

実際の問題の際には、文章の前後を読むようにし、迅速に正確に回答できるようにしましょう。

⑥長文読解

長文読解では、文字通り長文を読んで問題に解答する問題になります。

文章を読むことに慣れていない人は、日々本を読むことで読むスピードを内容を理解するスピードが向上すると思われます。

回答に関して、選択式ではなく直接回答することもあるため、長文を読むことを慣れておくようにしましょう。

 

例題

二語の関係

【問題】

通信:電話

運転:(  )

 

選択肢

  1. A:道路
  2. B:自動車
  3. C:速度
  4. D:交通事故
  5. E:駐車場

 

解答・解説

B:自動車

通信は電話の役目。同様に運転は自動車の役目。

 

【問題】

通信:メール 

送金:(  ) 

 

選択肢 

  1. A:銀行 
  2. B:通帳 
  3. C:金利 
  4. D:貯金 
  5. E:通貨

 

解答・解説

A:銀行 

通信はメールの役目。同様に送金は銀行の役目。

 

語句の意味

 

問題

1文章の意味が合致するものを1つ選びなさい。

 

進行していた計画や物事が途中で行き詰り、だめになること

 

選択肢

  1. A:頓挫
  2. B:失敗
  3. C:逆効果
  4. D:徒労
  5. E:粗相

 

解答・解説

A:頓挫

 

用例:会社の計画が頓挫してしまった。

 

失敗→うまくいかなくなること

逆効果→行ったことが狙ったことと逆の結果に終わってしまうこと

徒労→やってきた苦労が無駄に終わること

粗相→不注意や軽率さから過ちを犯すこと

 

語句の用法

文末の言葉と、意味が合致するものを1つ選びなさい。

 

問題1:

彼女は詩を書くのが情熱

 

選択肢:

  1. A:彼は絵を描くのが趣味
  2. B:その映画は感動的だっ
  3. C:この本は面白い内容
  4. D:私は音楽を聴くのが好き
  5. E:今日の天気は良

 

解答・解説:

  1. A:彼は絵を描くのが趣味だ

 

この文では、「~するのが~だ」は特定の行為に対する情熱や趣味を表現しています。他の選択肢は文脈に合っていません。

 

文の並び替え

問題

つぎのアからオを意味が通るように並び替えたとき、2番目と3番目にくる文の組み合わせを選びなさい。

 

ア その体系は、むろん

イ ないし解釈の体系が要請される

ウ 科学の体系とは別に

エ 私たちへの運命への関心に対応する説明

オ 科学的な因果分析とはちがった観点を採用する

 

選択肢

  1. A:イとア
  2. B:エとイ
  3. C:ウとオ
  4. D:アとエ
  5. E:エとウ

 

解答・解説

答え:B

 

「その体系」は「体系」を受けているため、アはウの後ろだが直結はしない。次に「ないし」は並列の意味があるため、「解釈の体系」という名詞が「ないし」の前に来るため、エ→イとなる。そのため、ウエイアオとなる。

 

空欄補充

問題

文中の空欄に入る最も適切なものを選びなさい。

 

私たちの「運命への関心」は、科学が発達したからといって消え去りはしない。この関心に対しては確率論も無力である。確率的な予測は、( 1 )の観測を仮定してはじめて成り立つ。しかし人生において私たちは決して( 1 )のトライアルを許されてはいない。むしろ特定のただ一回のトライアルが問題なのだ。その( 2 )の挑戦でどの目が出るか、そこにすべての運命がかかっている。

 

選択肢

  1. A:1.無限回 2.積み重ね
  2. B:1.計算上 2.一回限り
  3. C:1.一回  2.無限回
  4. D:1.無限回 2.一回限り
  5. E:1.一回  2.積み重ね
  6. F:1.計算上 2.無限回

 

解答・解説

答え:D

確率は、少数回の試行では、そのときの偶然に左右されるため、試行は無限回に近づけるほど、計算上の確率に近づくことが知られている。しかし、実際の人生における出来事は、無限回の試行はできないし、むしろたった一回のイレギュラーで事態は大きく変わってしまうものだ。

 

長文読解

【問題】

さて、よく言われるように、(イ)紙に記された楽譜は、実際の演奏によって音響として実現されない限り、いまだ音楽ではない。存在論的な視点から考えれば、この指摘はまったく正しい。しかしその一方で、作曲家が自らの音楽作品を提示し得るのは、楽譜という形においてでしかない。作曲家は、自分の作品を直に音響として人々に提出することはできないのである(独唱曲や独奏曲の場合ならまだしも、合奏曲であれば、複数の楽器を自分ひとりで操るわけにはいくまい)。作曲家が提示した楽譜は、演奏者によって演奏されて、音楽としての実体を得る。言い換えれば、作曲家が提示するものは、音楽作品そのものであるよりも、むしろ、その音楽作品の「テクスト」なのであって、演奏者は、その「テクスト」を解釈して音響化することで、その音楽作品を実現する。したがって、ある作品は、様々な演奏家によっていろいろな解釈の下で異なって実現され得るが、それらの諸実現がどれも同じひとつの「テクスト」に基づいてなされたものであるが故に、それらはすべて、そのひとつの特定の音楽作品として固定される――ベートーヴェンが作曲した「運命」交響曲は、フルトヴェングラーが演奏しても、ブーレーズが演奏しても、ベートーヴェンという作曲家の「運命」交響曲という作品なのである。

 

今ここで述べてきたような、音楽の筆記的特性とでも呼び得る性質は、今世紀の前衛音楽によって、単に受け継がれただけでなく、一層推し進められていった。作曲技法における筆記性が強まるだけでなく、同時に、演奏者に「解釈」の自由がほとんど残されていないような「テクスト」が書かれる傾向が促進され、音楽における「テクスト」の優位が絶対視されるようになっていったのである。このような音楽の筆記性は一九五〇年代の前衛音楽でほぼ飽和状態にまで達した――少なくとも、多くの音楽家たちはそう実感していた。そして一九六〇年代後期には、そうした筆記性の飽和への反動として、(ロ)非筆記的な即興演奏へと向かう動きが、突然、急進的な前衛音楽家たちの間に広がり始める。そうした即興演奏とは、正に、演奏する奏者同士の間で行われる音響を媒介とした( ① )コミュニケーションを主眼とした音楽である。演奏の現場で直に、演奏に参加している全員によって作られるその音楽には、書き記された「テクスト」といったものは存在せず、したがって、「テクスト」の作者としての「作曲者」というものもない。強いて言えば、そこでの演奏者全員がそのまま同時にその音楽の作曲者であって、その音楽は、つまり、「個人」の名をもっていないのである――音楽は、「( ② )」を獲得するのだ。

(出典:近藤譲『音を投げる 作曲思想の射程』)

 

1.文中の( ① )・( ② )に当てはまる言葉の組み合わせで正しいものを選べ。

  1. A:①筆記的 ②無名性
  2. B:①記録的 ②有名性
  3. C:①筆記的 ②有名性
  4. D:①口述的 ②無名性
  5. E:①口述的 ②有名性

 

2.下線部(イ)「紙に記された楽譜は、実際の演奏によって音響として実現されない限り、いまだ音楽ではない。」であるのはなぜかを表す次の文章の(  )に適する言葉の正しい組み合わせはどれか。

 作曲家が提示する楽譜は、そのままでは音楽作品の「テクスト」に過ぎず、演奏者によって解釈され音響化され(  )を得ることで、はじめて音楽作品になるということ。

  1. A:現実
  2. B:実物
  3. C:実写
  4. D:事実
  5. E:実体

 

3.下線部(ロ)非筆記的な即興演奏を表さないものを、次のA~Eから1つ選べ。

  1. A:演奏する奏者同士の間で行われる音響を媒体としたコミュニケーション
  2. B:音楽における「テクスト」の優位の絶対視
  3. C:筆記性の飽和への反動
  4. D:「テクスト」といったものは存在しない
  5. E:「作曲者」というものがない

 

解答・解説

1.D 

①即興演奏は非筆記的である。

②テクストが存在しない中での音楽は、誰かが作曲・演奏したとおりにする必要はなく、あくまでも演奏者のその時の演奏が全てである。よって無名性の音楽といえる。

 

2.E

「テクスト」としての楽譜があることで、演奏する方法を実現できる。楽譜はあくまでもその方法を示すものであり、奏者が実際に音楽を奏でることによって、その音楽が実際の形となる。したがって最も当てはまるのは「実体」である。

 

3.B

A.「テクスト」としての楽譜がないため、奏者とのコミュニケーションによるところが大きい

B.音楽には「テクスト」が重要であるとする見方。これは即興演奏を意味しない。

C.筆記性に依存した音楽で満ちたため、新しい音楽として即興演奏が生まれた。

D.「テクスト」に頼らない音楽が即興演奏である。

E.作曲者の考えたとおりの演奏ではなく、即興演奏は、そのときの奏者の演奏によるため、作曲者がいるわけではない

 

例題を解く

語句の用法011
問題文の末尾について、選択肢に近い意味で使われているものを1つ選びなさい。

彼女は数学を解くのが得意だ。

例題:

A. この小説は面白い。

B. 彼は言語を学ぶのが速い。

C. その試験は難しい。

D. 私はスポーツをするのが楽しい。

E. あの山は高い。

解説を詳しく見る

「~するのが~だ」は能力や特性を表す用法ですが、この文脈では「得意」という特性に対して、「速い」という特性が言及されています。したがって、Bが最適な選択肢です。Aは「面白い」という異なる特性を示しており、C、D、Eは文脈に合っていない表現です。

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長文読解003_3
人間がこの世に生きて行くためには、いろいろなことをしなくてはならない。自分を取り巻く環境のなかで、うまく生きてゆくためには、環境について多くのことを知り、その仕組みを知らねばならない。このために、自然科学の知が大きい役割を果たす。自然科学の知を得るために、人間は自分を対象から切り離して、客観を観察し、そこに多くの知識を得た。太陽を観察して、それが灼熱の球体であり、われわれの住んでいる地球は自転しつつ、その周りをまわっていることを知った。このような知識により、われわれは太陽の運行を説明できる。

このような自然科学の知は、「自分」を環境から切り離して得たものであるから、誰に対しても普遍的に通用する点で、大きい強みを持っている。自然科学の知はどこでも通用する。しかし、ここで一旦切り離した自分を、全体のなかに入れ、自分という存在とのかかわりで考えてみるとどうなるか。なぜ、自分はこのような太陽の運行と関連する地球に住んでいるのか。自分は何のために生きているのか、などと考えはじめるとき、自然科学の知は役に立たない。それは出発の最初から、自分を抜きにして得たものなのだから、当然のことである。太陽の動きや、はたらきは、自分と無関係に説明できる。しかし、他ならぬ自分という存在と、太陽とは、どうかかわるか。

太陽と自分とのかかわりについて、確たる知を持って生きている人たちについて、ユングは彼の自伝のなかで述べている。ユングが旅をしてプエブロ・インディアンを訪ねて行ったときのことである。インディアンたちは、彼らの宗教的儀式や祈りによって、太陽が天空を運行するのを助けていると言うのである。「われわれは世界の屋根に住んでいる人間なのだ。われわれは太陽の息子たち。そしてわれらの宗教によって、われわれは毎日、われらの父が天空を横切る手伝いをしている。それはわれわれのためばかりでなく、全世界のためなんだ」とインディアンの一人は語った。彼らは全世界のため太陽の息子としての勤めを果たしていると確信している。これに対して、ユングは次のように『自伝』の中で述べている。

「そのとき、私は一人一人のインディアンにみられる、静かなたたずまいと『気品』のようなものがなにに由来するのかが分かった。それは太陽の息子ということから生じてくる。彼の生活が宇宙論的意味を帯びているのは、彼が父なる太陽の、つまり生命全体の保護者の、日毎の出没を助けているからである」

インディアンたちは彼らの「神話の知」を生きることによって、ユングが羨望を禁じ得ない「気品」をもって生きている。これに対して、近代人は何とせかせかと生きていることか。近代人は豊かな科学の知と、極めて貧困な精神とをもって生きている。
(出典:河合隼雄『イメージの心理学』)

【設問】
文章の内容と一致するものを、次のA~Eの中から1つ選べ。

例題:

A. 現代人にとって自然科学の知は、人によって異なる、扱いにくいものである

B. 自分が生きる意義を考えるとき、自然科学の知は役に立たない

C. インディアンは、自然と自分との関わりという概念を持っていない

D. 現代人は、自分たちを太陽の息子たちととらえて生きている

E. 現代人がせかせかと生きている原因は、宇宙論的意味を得ているからである

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自然科学をとらえる際、人間は自身の存在を切り離して観察するため、自然や世界、命の問題と自分自身との関わりを持てなくなっているから。

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